「札幌文庫より」№1

 

  昭和59年8月1日刊行から平成10年4月迄に、「川柳さっぽろ文庫」として、14年間

  で57冊が発刊されている。新書版120頁、頒価700円(送料200円)、川柳叢書が終

  刊して8年を経過しており、内容も濃くしての文庫の発刊であった。その中から抜粋して紹介

  したい。(編集:岡崎 守)

 

①谷口茂子氏(昭和11年6月2日函館生まれ。没年不詳) 

  昭和47年川柳を始める。48年札幌川柳社入会。51年同人。52年展望会員。

  57年度あかしや賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 風の彩より (文庫第1集・59年8月1日発行)

   振り向かぬ女に 風の橋いくつ

   火の礫 握る手がある風の中

   相克や 手に二筋の川流る

   拭き消したはずの絵がある手のひらよ

   黒い血の一滴二滴は手の中に

   小さき手にふつふつとある飢えの面

   投げられた数だけ返す石礫

   神様に返して上げる 丸い石

   石の重さに耐えて地蔵は父の貌

   石うすにたしかに残る母の血よ

   夕焼けの海は華麗な遺書を画く

   哀しみは 乳房に残る夏の雪

   鬼二匹追いかけようか抱かれよか

   スープ皿今日生きのびた血をすする

   幾度の修羅を重ねた髪の束

   目潰しを夫に投げて繭お中

   愛されて優しく結ぶ箸袋

 

②松田悦子氏(昭和5年6月27日函館生まれ。平成28年7月10日)享年86歳。

  昭和35年頃川柳を始める。54年札幌川柳社入会。55年度幌都賞受賞。

  58年札幌川柳社同人。62年度あかしや賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 白い鴉より (文庫第2集・59年9月5日発行)

   天辺のカラスやさしさ待つひとり

     自我ふたつ乳房に殺意ひそませる

   女からおんなひいてもオンナいる

   秒針を止めて狂女の白い刻

   曇天に骨一本の飢え吊す

   天向いたまんまで凍る父の指

   太陽を探しモグラの唄果てる

   敗北の雪八月の背に溶ける

   芽キャベツの小さい嘘は見逃そう

   妻の謀反が鼻をつく練りがらし

   冬どまん中 蟹真っ赤にゆだる

   男と女雪の温さと情死する

   人間の業が哀しいぼたん雪

   ためらった踏み絵にやがて犯される

   死に際は白くありたい寒鴉

   人ひとり許す葬送ラッパ吹く

   火吹竹母がだんだん小さくなる

 

 ③福田銀河氏(大正14年9月2日樺太生まれ。没年不詳)

   昭和45年8月札幌川柳社入会。49年同人。51年度功労賞受賞。

   昭和52年度あかしや賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 銀河系より (文庫第3集・59年11月15日発行)

   春秋の少女へあまた銀河の譜

     星いくつ女の嘆き見て暮れる

   寂しさはグラスと語るひとりの夜

   北風がおんなに淋しい語をくれる

   極楽を信じ切ってる墓標の朱

   いい父になる日の重い靴をはき

   負け犬へ重い鎖の悔いばかり

   黙々とテトラポットの父である

   肩書きを捨てた無冠へ風凪ぎる

   整形の鼻へ高慢ぶら下がり

   親の汗乗り回してる高級車

   流行でつつみ知性が枯れている

   薬でも飲むよに下戸の苦い酒

   妻の留守手足もがれた蟹ひとり

   偉い子へ偉い嫁来て肩が凝り

   脳天に冬の嗚咽を閉じこめる

   首を売る足へ鉛の風ばかり

 

 ④石橋水絵氏(昭和5年8月20日根室生まれ。平成17年3月)享年75歳。

   昭和52年4月札幌川柳社会員。54年度ぽぷら賞受賞。同年同人。60年度あかしや賞受賞。

   平成5年5月から8年1月まで編集人。7年度功労賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 海の瞬きより (文庫第5集・60年2月25日発行)

   海の瞬き女の溜め息かも知れず

   背をむける海の蒼さが悲しくて

   母の海昏れて腐食の刻すすむ

   血はたやすまい海は織られゆくも

   流氷の蒼さはかろき恋唄か

   まちがいもなく北から届く父の愛

   悲しみを妊る十二月のガラス玉

   雲は流れてさよならばかり口にする

   愛してるこんなに甘いいちごジャム

   リラ冷えや許してあげる人がいる

   逢って来たやさしさに雪舞っている

   すみれ咲くひとつの罪は許される

   つらい冬の魚と二枚の皿と

   泣きながら生んだ女のコンペイ糖

   小指の嘘にときどき溺れてみたくなる

   ひとりでも生きて行こうよ 栗ごはん

   雪祭る 天に召される位置にて

 

   ⑤渡辺康子氏(昭和17年4月3日神奈川県逗子市生まれ。)

   昭和55年6月川柳教室入会。56年札幌川柳社入会。59年度ぽぷら賞受賞。

   60年同人。61年度あかしや賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 飛花残花より(文庫20集・62年11月20日発行)

   香水の一滴嘘が出来上がる

   水もれの蛇口は逢いに行けという

   またひとつ哀しみ持とうとする小指

   いくつもの夏が過ぎゆく胸の原っぱ

   排卵日 闇に沈んでゆく話

   墓の前 桜を咲かせ向日葵咲かせ

   あれは花火だった 前略のはがき

   すでに音を持たぬ憎しみ 寒がるよ

   部屋いっぱいに蝶を産まんと襖閉め

   夜具のすぐ近くにあるんだろうな死

   口紅のいっぽん持って秋を行く

   眠らせてくれぬ枕の中の鈴

   くちづけも死もキラキラと春の奥

   あの人が濃くなる 秋が濃くなる

   赤い実は赤らむことをたまわりぬ

   もう駅を数えることをしなくなり

   飛花残花 説明できぬものを抱く

 

 ⑥鈴木竹光氏(大正13年9月13日東川町生まれ。平成28年6月15日)享年92歳。

   49年札幌川柳社入会。50年準同人。51年度功労賞受賞。53年同人。

   ≪十七選集句集≫句集 風鈴より (文庫第24集・63年9月13日発行)

   お隣りの風鈴だから寝つかれず

   道路地図売れて公害輪を拡げ

   時計屋は狂った音で飯が食え

   大器晩成教育ママは待ちきれず

   福耳を見せても銀行金貸さず

   線香の香で聞く故人のエピソード

   頭金だけのマイカーでも磨き

   大企業スパイも飼って生きている

   ふけば飛ぶ名刺一家を背負ってる

   婆ちゃんの英語は孫に教えられ

   マージャンが徹夜となった慰労会

   就職難ふるいに残る太いコネ

   おふくろの味に飢えてる都市の貌

   船を漕ぐ大臣絵となり記事となり

   Uターンの息子と日本一の屠蘇

   マイホーム土台に父の汗も埋め

   さい果ての駅にも始発という誇り

 

 ⑦五十嵐万依氏(大正13年6月11日北見市生まれ。平成20年8月30日)享年84歳。                         

  昭和33年室蘭川柳社入会。45年度札幌川柳社功労賞受賞。

  63年室蘭川柳社主幹。

   ≪十七選句集≫句集 回り道より(文庫第28集・平成元年2月10日発行)

   夢追って追って女は舞いつづけ

   嘘を言う年齢に似合ってゆく女

   幻想の世界で愛を編むおんな

   白髪のカールに懐古の詩ばかり

   お茶にくち寄せてかくしている未練

   哀愁や霧の深さに戯画を積む

   孫と手をつなげば童話の雪となり

   愛情のひとつ 憎しみ燃え上がり

   母の日にしゅんとし母の亡い仲間

   愚夫の言う通り愚妻はよく動き

   アイラブユー男水虫など忘れ

   不死鳥に非ず再会など約し

   悲しみの果てに童話の星が降る

   ヒロインに私もなっている泪

   放されてそれでも籠に帰る鳥

   老いの日を一日ごとにありがとう

   回り道だけどこの道好きな道

 

 ⑧浜本美茶氏(大正11年3月15日旭川市生まれ。) 

   昭和50年旭川川柳社入会。59年札幌川柳社入会。60年度幌都賞、

   63年度ぽぷら賞、平成13年度あかしや賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 くさぐさのより(文庫第32集・平成元年11月10日発行)

   神よりもひとを愛した人嫌い

   ひとり生く前もうしろも風ばかり

   唇づけや雪のはなびらゆきまぶた

   雪ふかくおとこを埋める火をうめる

   凍蝶のしずかに過去をさかのぼる

   桃ひと夜父はいないか母はいないか

   柩の窓が開いてる みどりの午後

   マンホールの男にひとりだけの天

   赤ちゃん売りますとてもあかるい街

   少年の時間を食べている化石

   その死こそわが死 水の無いプール

   さくら散る風のこころのままにちる

   ふと骨に会いたくなって土を掘る

   キリストの骨の浮いてるスープ皿

   海峡の底を行き交うチンドン屋

   試験管でんでん太鼓欲しくなり

   金平糖の中にテロリストが居るよ

 

 ⑨岡崎たけ子氏(昭和5年8月25日生まれ。平成25年10月12日)享年83歳。

   昭和44年道新時事川柳初投句。54年札幌川柳社入会。67年本社同人。

   平成6年度功労賞受賞。

   ≪十七選集句集≫句集 家族あわせより (文庫37集・平成2年9月1日発行)

   追憶の森へ乳房が燃え残る

   恋ひとつ売ってください 秋がくる

   どこまでが蛇かするすると帯を解く

   欠け皿の上に終身刑がある

   コンニャクをつつく殺意や寒月光

   百の音煮つめてさよならいいました

   どうせならたけこ情死と書かれたし

   クロスワードの一字は伏せておく夫婦

   生き残るほたるを曳いている白髪

   庖丁差しの平熱がつづいている

   てにをはを忘れて母へ近くなる

   さくら満開死ぬる話はあしたする

   抱きとめた母の背骨がこそと鳴る

   父の忌へ雪より白い百合を購う

   ドン・キホーテの空が病んでるビルの街

   遠い日とおんなじ芋を煮ています

   喜劇吊る釘を一本打っておく

 

 ⑩福井剣山氏(昭和2年1月15日留辺蘂生まれ。平成4年8月。)享年65歳。

   52年札幌川柳社入会。54年札幌川柳社同人。58年度ぽぷら賞受賞。

   平成3年留辺蘂町文化連盟文化賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 海氷より (文庫第41集・平成4年3月1日発行)

   流氷まんだら幾つ誤植の子を産みに

   敷きつめた鱗へ海が泣きにくる

   凍原の父の樹を討つ母の樹を討つ

   地下足袋の底からいくさ船が出る

   潔く死ねると思う海の夕焼け

   そして血は海の匂いに逢いにゆく

   一匹のけものが育つ冬の手のひら

   海はたわわで沈まぬ石を抱いている

   冬物語り奥歯が欠けて海になる

   生き死にの手にサイコロが二つある

   地吹雪の向うの轍は父だろう

   廃駅に北の情話が置いてある

   我慢くらべは終ったんだよ 首よ

   ピエロばんざい笑い袋も尽きて候

   ふる里を虹が跨いだ鬼が跨いだ

   オホーツクの海の怒号よ血の呻き

   指切りげんまん俺より先に死ぬるなよ

 

 ⑪吉田泉陽氏(昭和4年5月25日根室生まれ。平成25年6月16日。)享年83歳。

   昭和50年札幌川柳社入会。52年本社同人。平成2年度功労賞受賞。

   ≪十七選句集≫句集 ひしゃくぼしより (文庫54集・7年11月3日発行)

   十勝晴れその広がりに神の峯

   故郷が恋しくなって赤電話

   締めくくる授業へ耳が目がまとも

   実習の目が晴れやかに活きている

   生徒らの作るとうふの美味いあじ

   キャンプの火そっと握った手をみつけ

   卒業へダッシュの弱い子を案じ

   言い過ぎたかなと涙を拭いてやり

   叱られるより叱る身のふと迷い

   故郷を母を家族を胸に帰舎

   短針が午前二時です舎務日誌

   十年前ひょいと顔出す指導案

   指導することば初心の日を忘れ

   七彩の虹のはかなさ知らさねば

   真実の姿を雇う福祉ほし

   目に見えて伸びる子伸びない子へ思案

   真夜中を眠れぬ職へかける夢